サイリウムを広めた西城秀樹さんが死去「オタクは感謝するしかない」

独特のシャウトをする歌唱法も、日本では最先端だったとか
独特のシャウトをする歌唱法も、日本では最先端だったとか
コンサート会場で、多くのファンたちが光る棒を振る…。現代のコンサートでよくみる光景で、特にアイドルの現場には欠かせないアイテムであるサイリウムだが、実はこの文化の先駆けは、5月16日に亡くなった歌手の西城秀樹さんだった。

Jタウンネットによると、この「客席から光るものを振る」という文化は、1974年、西城のコンサートがきっかけで始まったという。

1974年の夏、夜のコンサートに向けて、西城さんが懐中電灯を持ってくるように呼びかけ、多くのファンが持参。それが定番となり、80年代には、「ケミカルライト」という商品が公式のグッズとして販売されるようになったとか。

現在、アイドルのコンサート会場でサイリウムを振っている情景を思い浮かべてか、

“西城秀樹がファンに「懐中電灯を持ってきて」と言わなかったら、ペンライトの文化が生まれていなかったのかと思うと、オタクは感謝するしかない”
“ももクロちゃんのサイリウムの海も西城秀樹さんのおかげなんやなぁとしみじみ思う”
“いまのアイドルシーンに欠かせない文化を、ありがとうございます”

と文化の創始者に感謝するツイートが相次いでいる。また、

“西城秀樹さんが日本初で生み出した功績をまとめた。合掌。
○野外フェス(1975年富士山麓のステージを一から建設12万人集客)
○観客参加で歌い踊る(ヤングマン)
○ペンライト(番組で懐中電灯
○マイクで歌う(1974年薔薇の鎖)
○ソロコン(1974年大阪)”

と、近年全国で数が増えているフェスなど様々な文化をつくり出したことを指摘する人も多く、

“初めて野球場でコンサートをやったのもペンライトを使ったのも西城秀樹が初みたいだよ!だから今のアイドルが野球場でコンサートをやれるのも西城秀樹のおかげかな!”
“コール&レスポンスとか諸々先駆けになってたそうで
西城秀樹さん居なかったら今のアイドル業界の雰囲気とかも全然違ったかもしれないって考えると感慨深いものがあるよね”
“コンサートでペンライト(サイリウム)を振るのを始めたのはヒデキ
コール&レスポンスの原型を作ったのはヒデキ
スタジアムでのコンサートを日本で始めたのはヒデキ
なんと、全Pが尊敬すべきアイドルだった…!”

と感謝の声は多数。訃報によってではあるが、改めてスターの功績が脚光を浴びた形となったのだった。

(飛鳥 進)

■関連リンク
・「ケミカルライト(サイリウム)」の歴史は、こんなに壮大だった! 老舗・ルミカに聞く開発秘話
http://j-town.net/tokyo/column/gotochicolumn/234369.html?p=all
・コンサートで「ペンライト」を振る概念を生み出したのは西城秀樹さんだった
https://togetter.com/li/1228282
・西城秀樹さんが音楽業界に影響を与えた「文化」と「歌唱テクニック」
http://www.jprime.jp/articles/-/12401

サイリウム 西城秀樹