初登場から35年 『スーパーマリオ ラン』までの歴史


リオ五輪の閉会式では安倍首相がマリオに変身。そして12月には『スーパーマリオ ラン』でマリオがスマホに初進出、配信から4日間でDL数が4000万回を突破(任天堂発表)するなど、2016年は“マリオイヤー”だったといえるだろう。

そんなマリオも今年で生誕35周年。アーケードゲームから始まり、ゲーム&ウオッチ、ファミリーコンピュータ、ゲームボーイ、スーパーファミコン、バーチャルボーイ、NINTENDO64、ゲームボーイアドバンス、ニンテンドーゲームキューブ、ニンテンドーDS、Wii、ニンテンドー3DS、Wii U…と、数々のハードを渡り歩いてきた歴戦の強者だ。そこで今回は、マリオに敬意を表しつつ、35年の歩みを振り返ってみよう。

●1981年、初登場も“マリオ”の呼称はナシ

マリオが初めて登場したのは、1981年に任天堂が発売したアーケードゲーム『ドンキーコング』。ただ、このときは「ジャンプマン」や「救助マン」と呼ばれ、正式に「マリオ」という名前がついたのは続編『ドンキーコングJR.』(1982年)からだった。もともとはポパイを主人公にする予定だったが、版権の事情でそれが不可能になり、宮本茂氏が一からキャラクターを描き起こし、それが後のマリオとなったのは有名な話。フルネームは「マリオ・マリオ」だ。


●超人気を呼んだ名作が1985年に誕生

マリオが社会現象になったのは1985年、『スーパーマリオブラザーズ』の発売がきっかけだ。地上、地下、海中、空中、城砦と、あらゆる場所を「プウーン」という音を発してジャンプで飛び越えていくマリオ。このジャンプの気持ち良さは『スーパーマリオ ラン』でも健在だ。隠しブロックやワープ、裏技など、当時の少年たちは隠し要素に夢中になり、学校で「知ってる?」と自慢しあったという。全世界での売り上げは4024万本以上と驚愕の数字だ。


●様々な職業になった1990年代初頭。特に人気は…!

テニスやボクシングの審判をしたり、ゴルファーになったり、医者になったりと、マリオは多方面で活躍している。なかでも、もっとも有名なのが「レーサー」としての姿だろう。『スーパーマリオカート』(1992年)は、スーパーファミコンの回転・拡大縮小機能を存分に活かした傑作。相手をスピンさせるバナナの皮や、自分のカートが無敵状態になるスターなどのアイテムがレースを大いに盛り上げた。


●20年前、NINTENDO64で新たな境地へ

今から20年前の1996年、『スーパーマリオ64』がNINTENDO64とともに発売。それまでずっと横向きに走っていたマリオがついに、3D空間を縦横無尽に走り回り始めた。文字通り“次元を超えた”スケールアップであり、その新たな楽しさに子どもも大人も夢中になった。筆者が個人的にも感慨深い一作で、初めて「3D酔い」を体験したのがこの『スーパーマリオ64』だった。気持ち悪くなりながらも、楽しくてやめられなかったのは、今となってはいい思い出。


●そしてパーティゲームの定番に

「マリオパーティシリーズ」など、みんなで集まったときにプレイできるゲームが多いのもマリオの特徴。2015年には『マリオパーティ10』がWii Uで発売。1~4人でボードゲームやミニゲームで対戦する定番の「マリオパーティ」モードや、クッパ軍団とマリオチームで対戦する「クッパパーティ」モード、70種類以上のミニゲームなど、家族や友だち同士で盛り上がられる作りになっている。


いかがだっただろうか? 時代とともに成長し、数々のゲームに出演してきたマリオ。これまで250タイトル以上のソフトに出演し、「最も知られているゲームキャラクター」として、ギネスブックにもその名を連ねている、まさに「ミスター・ビデオゲーム」と呼ばれるにふさわしい存在だ。『スーパーマリオ ラン』の後もきっと、スマホに、そしてまた新しいハードやデバイスに、彼はこれからも登場し続けてくれることだろう。
(森田実)

【関連リンク】
スーパーマリオ ラン | 任天堂
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